2021年に入っても日経平均株価は上昇トレンドを描き、3万円の大台に乗せてきています。一方で、ここにきて「アルケゴスショック」のような気がかりな事件もあり、先行きの不透明感が増しているようにも感じられます。株式市場の見通しについて、エコノミストのエミン・ユルマズさんに聞きました。(取材:2021年4月2日)
新型コロナも株式市場にとっては“オワコン”
1月に取材させていただいた際、「株式市場の調整に警戒しましょう」とおっしゃっていました(前回記事はこちら)。新年度に入り、状況に変化はありますか?
エミンさん 大きく変わったことはありません。株式市場には相変わらず過熱感があり、マーケット参加者の強気姿勢が続いています。
通常はファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)やマクロデータ、地政学リスクなどが相場の変動要因になりますが、今の市場はこれらを全く気にしていません。新型コロナウイルスも、株式市場にとっては“オワコン”です。この先大規模な感染拡大やロックダウンが起こったとしても、大して反応しないでしょう。
市場の関心は、「中央銀行による金融緩和が続くかどうか」、その1点に尽きます。大規模な資金供給が過剰流動性を生み、経済の正常化が見通せない現実とかけ離れた株高につながっています。
エコノミストとしては難しい局面です。さまざまなデータを分析したところで、それらはすべて無視されているのですから。実態を伴わない株高がいつまでも続くことはありえませんが、それがいつ終わるかを現時点で予測することは困難です。少なくとも、金融緩和が継続される限り、強気のセンチメントが続くでしょう。
新型コロナの影響が長引く中での株高にはたしかに違和感があります。中央銀行頼みの相場ということですね。
エミンさん 相場に関しては、首相より日本銀行総裁、大統領よりFRB(連邦準備制度理事会)議長の方がはるかに強い影響力を持っていると思います。
これまで日銀は「年6兆円ペース」というETF(上場投資信託)購入の原則を掲げていましたが、先日これを削除したところ、日経平均株価は4日間で2000円も調整しました。マーケットがほかの何よりも中央銀行の動向に注目している表れと言えるでしょう。
この先、パウエルFRB議長がテーパリング(金融緩和の縮小)の「テ」の字を出すだけでも株式市場は大混乱に陥るはずです。金融緩和による過剰流動性が相場を支えており、その前提が崩れることが最大のリスクと考えられます。
緩和縮小の可能性は低いが米国債の異変に要警戒
アメリカでは不動産価格の値上がりが続いています。過熱感を抑えるためにテーパリングに踏み切ることはないでしょうか?
エミンさん パウエル議長はゼロ金利政策と量的緩和政策を長期間続ける考えを強調しています。FRB自らの意思でテーパリングに向かうことはまずないでしょう。
このまま不動産価格が上昇し続ければ住宅を買いたくても買えない人が増え、不満が噴出する可能性はあります。しかし、最近は若い世代も株式市場の上昇の恩恵を受けており、不動産価格の値上がりが直ちにテーパリングを促すことはないと思います。
よほどのことがない限り、金融緩和はこの先も続くと。
エミンさん それはFRBだけでなく、日銀もECB(欧州中央銀行)も同じです。一方で、中央銀行の方針にかかわらず、相場が金利を上げる展開も想定しておかなければなりません。
現在、アメリカでは40年ぶりの水準で国債が売られています。今後も国債が大量に発行されると、債券マーケットが崩壊する可能性が浮上してきます。値下がりによって利回りが急騰すれば債券ならびに米ドルへの資金シフトが起こり、株式市場の下落要因になります。米国債市場の動向にも注目しておくべきでしょう。
「アルケゴスショック」が相場の過熱感を冷ますか
3月に米国投資会社のアルケゴス・ キャピタル・マネジメントが破綻し、同社と取引していた野村證券などが大きな損失を被る「アルケゴスショック」がありました。過度にレバレッジを利かせた取引が問題になり、何らかのショックが起こる前兆ではないかと捉える向きもあります。エミンさんはどう見ていますか?
エミンさん 事件の全容がまだ分かりませんが、証券会社のリスク管理は見直されることになるでしょう。少なくともアルケゴスとの取引で損失を出した野村證券やクレディ・スイスなどは、同じ失敗を繰り返すわけにはいきません。過剰なリスクテイクを伴う取引はクローズに向かうのが自然な流れです。この動きが多くの証券会社に波及すれば流動性の低下につながり、相場の過熱感を徐々に冷ましていくと思います。
今回の事件をきっかけにアルケゴスと同じような会社の破綻が相次ぎ、大手金融機関の経営が危ぶまれる懸念もなくはありません。ただし、もしそのようなことが起きたとしても破綻に至ることはないでしょう。リーマン・ショックの教訓から、システミックに重要な金融機関には救済の手が差し伸べられるはずです。
その意味では、今の金融機関には怖いものがありません。いざというときには助けてもらえると思っているから、いくらでもリスクを取れる。だからこそ今回のような事件が起きたとも考えられます。