テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第105回は、放送作家の傍らフリーライターとして活動する原哲子さん。

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「おうどん」ショック

原哲子さんの写真原哲子(はら あきこ)
放送作家
日本放送作家協会会員

初めてのカルチャーショックは?と聞かれたら、一番に思い出すのは小学生時代に転校した先で「おうどん」と言って笑われたこと。「うどんに『お』をつけるなんて」とバカにされたのだ。
方言に気をつけようとは思っていたけれど、まさか「おうどん」で笑われるとは。「おうどん」は「お味噌汁」「お鍋」などと同様、誰でも使う言葉だと信じていた8歳の私に「うどんに『お』を付けない文化」が立ちはだかった。まさにカルチャーショック。数十年経った今でも忘れられない衝撃的な思い出だ。

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考えてみれば、生きていくことはカルチャーショックの連続だ。「おうどんショック」のように時に瑣末な、新しい出来事に触れる事で人はさまざまなことを学び、成長していく。

「おうどん」で笑われた私は転校生にありがちないじめの洗礼も受け、「被害妄想」や「ひがみ根性」をスクスクと育てたし、関西の大学時代には教科書を関西弁で朗読する人種がいることに心底驚いた。就職後は禁煙の社内で平然とタバコを吸う上司や、私の悪口メールを誤って(もしかしてわざとかもしれないが)私に送信し、それを指摘されても悪びれない後輩などに出会い、憤ったり落ち込んだりもした。

うどんの写真転校先で「おうどん」といい、笑われた。うどんに「お」を付けない文化があるなんて、まさにカルチャーショックだった……。

でも、そもそも育ってきた環境や触れてきた出来事、なにより個々の性格が異なるのだから考え方などが違うのは当然だ。それにいちいち驚いたり傷ついたりしていてはこちらの心がもたない。そう悟ってからは歳を重ねるにつれ図太く、そして鈍感になっていった。もう簡単なことでショックは受けない。

と思っていた。

けれど遅い結婚をし、思いがけず2人も子どもを授かってしまった私にまたも衝撃的なカルチャーショックが待っていた。それは自ら飛び込んだ場所ではなく、子どもを介して生まれた新たな人間関係。「PTA」だ。

仕事が先か、役員が先か

「PTA」。「Parent-Teacher Association」は「学校の先生と保護者による団体」。任意加入のはずのこの団体には子どもが小学校に入学すると同時に特に確認もされず、なんとなく加入することになっていた。

となると6年間で一度は役員を担当することになる。当然ボランティア。私が担当したのはベルマークの集計だった。
ベルマークは商品のパッケージに印刷されたマークで、会社ごとに番号が振られ、商品価格によって点数が決められている。それを仕分け、枚数や点数を数えることが私たちの仕事。集計後ベルマーク教育助成財団に送ると点数が預金され、欲しいものを購入することができるのだ。

作業時は15人程度の保護者(大抵母親)が平日の昼間に学校に集められ、ひたすらベルマークを仕分け、数える。集められた量にもよるが少なくとも2〜3時間はかかる。単調でコスパもタイパも悪い。もっと効率的にできないものかと考え、担当部長に思い切って提案してみた。

「ベルマークを集める時点でまず子どもにある程度仕分けてもらえば、その後の集計が楽になるのでは」と。

けれど、ちょっと考えて担当部長が返してきた言葉に衝撃を受けた。

「そうすると、私たちの仕事が減っちゃうでしょう」

驚いた。子どもたちに教材等を購入するためにわざわざ集まって作業しているので、できるだけ手間が減らせるならその方が良いと思っていた。でも違った。少なくともその担当部長にとっては仕事の効率より役員の職務存続が先にあったのだ。

これがここ最近で最大のカルチャーショックだ。

PTAのイメージ子どもを介して新たに生まれた人間関係、それがPTA。そこで信じられないカルチャーショックを受けることに

自分の常識は他人の非常識

昔ドラマで観月ありささんが演じていた『斉藤さん』ならきっと、「それはおかしいと思う」とハッキリ言えたに違いない。しかし、現実ではさすがに難しく、「ああ……そうですね……」と曖昧に返答しスゴスゴと引き下がってしまった。

これが一般の会社であれば、同じ成果のためにはより短時間でよりローコストであることを良しとするはずだ。なのに、PTAではその常識が通用しない。これを「郷に入れば郷に従え」で受け入れてしまっていいのか。考えれば考えるほど何も言い返せなかった自分に悶々としてしまう。

そして頭に浮かぶのは、小さい頃からよく母に言われた「自分の常識は他人の非常識」という言葉。自分では普通だと思っていることが、他人には普通じゃないことはよくある。だから何事も自分が正しいとは限らないことを念頭に置いておくべきだと。

確かに、時と場所が違えばその基準は全く違ってくるかもしれない。でも、だからと言って相手の常識をそのまま丸呑みしても良いということでもないだろう。PTAの件もすぐに解決法を思いつくわけでは無いけれど、何かできることはないか考えてみる価値はあるはずだ。

何事もカルチャーショックと単純に受け入れるのではなく自分の常識と比べ、どう対応するのがより良いのかを一度考えてみること、そして図太くあっても鈍感になりすぎないことを大切にしたいと思う。

だって、生きている限りきっとカルチャーショックは無くならないのだから。

次回は、田中宏明さんにバトンタッチ!

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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