テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会(放作協)がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第139回は、前回に引き続き『慎吾ママ』や『シナぷしゅ』『サラメシ』など数々の人気番組を世の中に送り出した、放送作家のたむらようこさん。

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「あなたが美味しさを知らなければ」

たむらようこ
たむらようこ
放送作家
日本放送作家協会会員

今回はアイデアひとつで1億6000万円というお金を産んだお話。
しかもその大きなお金は、目には見えないんです。

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ある時、某飲食チェーンさんから「CMを作りたい」とのご依頼がありました。
店の人気メニュー「餃子」をリニューアルするので、CMで広くお知らせしたい、とのご要望です。その意気込みがすごい! 打ち合わせに来られたのはなんと社長と取締役! 上場企業の社長が、たむらレベルの打ち合わせにいらっしゃるなんて珍しいことです。

そればかりか「たむらさん、あなたが美味しさを理解してなければいいCMは作れない」と言うが早いか社長と取締役はキッチンへ。様子は見えませんが、ほどなくジュージューと音が聞こえてきて……「はい、食べてみて」と目の前にはアツアツ焼きたての餃子が! まさかの社長と取締役に焼いていただいた餃子!
「うちは料理がうまい順に偉いのよ」と社長は満面の笑みでしたが……
緊張して味なんかわかりません!!

その後、落ち着いてからいただいた餃子は、率直に「おいしい!」 餡に練り込まれた野菜の歯触りがよく、一口サイズで食べやすいのです。この餡にたどり着くまでにどんな試行錯誤をしたのか、社長と取締役がキャッキャキャッキャと語ってくれます。なにより驚いたのは社長が駅から歩いて打ち合わせ場所まで来られたこと。彼らは1円でも安くおいしいものを提供したい、という信念から無駄遣いをしないと言います。1円でも儲けよう、という飲食店ばかりではないんだな、と日本全体への信頼までわたしの中で回復していきました。

美味しそうな餃子のイメージ
社長と取締役、自らが餃子を焼いてくれた(写真はイメージです)

そんな社長がこう言います。「これね、消費税が上がるから安くしたいの」……え? 高くするの間違いでは? 社長は続けます。「日本中がみんな大変な時に助け合わなくてどうするの。新しい餃子ね、しばらくキャンペーンってことにして安く食べさせたいの」

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わたしは猛烈にこのお店を好きになりました。心から応援したい。だからこそ、限られた予算でCMを作って流したところで何回、人の目に止まるだろう。どれほどの効果があるだろう……。
わたし自身、どうしてもこの餃子を売りたくなっていました。たくさんの人に安くておいしい餃子を知ってほしい。さてどうしたら????

お祭り騒ぎで取材を呼び込む!

ここからが放送作家の仕事です。放送作家というとテレビ番組の台本やナレーションを書くのが主な仕事ですが、一方、会議などで「アイデア」を求められることも多いのです。予算をかけずに番組の認知度を上げよ、という日常的なミッションと、餃子の認知度アップ。何ら変わりはありません。

まずこう考えました。消費増税の日の前後、ニュース番組は消費増税の話題一色になる。この波に乗るしかない。取材を呼び込もう! しかし考えることはみな同じ。よほど目立たなければ取材には来てもらえない。でも企業のイメージを悪くするような目立ち方は禁じ手です。
消費増税のニュースを思い返せば、レジの設定を変えるシーン、値札を張り替えるシーンがほとんど。ハッキリ言って地味。そんな中で、もしもお祭り騒ぎしている場所があったら?

ふとしたアイデアが浮かび、わたしはプレスリリースにこう書きました。
「ゆく餃子、くる餃子 カウントダウンイベント ~消費増税に美味しさで対抗~」

そして9月30日から10月1日へ、日付が変わり消費税率もアップするその日。飲食チェーンの24時間営業の店舗に、餃子ファン100人を招待し、30日の23時頃から「旧ぎょうざ」をみんなで楽しみました。
そして日付が変わる10分前! あの社長がお店に現れて餃子ファンのみなさんに新しい餃子の美味しさを熱くプレゼン。そして日付が変わるその時! 
社長の音頭で100人の餃子ファンたちがいっせいにカウントダウンを開始!
10、9、8……5、4、3、2、1 ア・ハッピー・ニュー餃子! 消費増税に負けないぞー!!」 100人が声を揃えて新しい餃子を祝い、そして、新旧の餃子を食べ比べて楽しんだ平和な夜。

この賑やかなイベントにはNHK以外、すべての在京各局が取材に来てくれました。あの名門経済番組WBSは生中継! Abemaのニュース番組も中継してくれました。チェーン店は関東にしかないのに関西のテレビ局の報道もかけつけ、店内は報道陣で寿司詰め状態に。
翌日も朝のめざましテレビから各局の情報番組で「ア・ハッピー・ニュー餃子 消費増税に負けないぞー」が流れに流れ続け、電通PRさんの計算によると1億6000万円分の広告効果があったそうです。

カウントダウンイベントでの乾杯「ア・ハッピー・ニュー餃子!」。カウントダウンイベントの広告効果は、1億6000万円との試算も(写真はイメージです)

小さな思いつきが、たくさんの取材につながり、餃子もたくさん売れました。
効果測定としての1億6000万円は、手に取ることも目で見ることもできないけれど。餃子の好調な売れ行きから追加予算が出て、次はCMを作って流すこともできたのです。

だからと言ってわたしの報酬が増えるわけでもないんですけどね。
アイデアひとつで、新人餃子がスターになっていくのを見届けた、放送作家冥利に尽きるお仕事でした。

次回は、放送作家の町田裕章さんへ、バトンタッチ!

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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