テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第112回は、ラジオドラマの脚本家、鈴木絵麻さん。

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日常の中にドラマいろいろ

鈴木絵麻さんの写真鈴木絵麻
脚本家
日本放送作家協会会員

お金の話といえば、あの日のことを思い出す。大学を卒業した後、電機メーカーに就職した。入社して数年経ったある日の深夜、同僚の先輩と2人で、新宿通りを四谷駅に向かって歩いていた。「私、小説家になりたいんですよね、ホラーの」なんて夢の話などをしながら、ふと下を見ると、Louis Vuittonの長財布が落ちている。その隣にはやけに分厚い銀行の封筒が。中を見て先輩と顔を見合わせた。「これ、捨ててあるんでしょうか」とバカな質問が口から出た。「いや、落とし物でしょう」と冷静な先輩。一瞬クラっとよこしまな考えが頭をよぎったが、因果応報、因果応報と打ち消し、交番に届けに行った。

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後日、会社に落とし主の女性が菓子折りを持ってお礼に来られた。現金主義の人で、歯の治療費のために昼間、銀行でお金をおろし、自転車の後ろのカゴに乗せて帰ったとのこと。帰宅してみたら、ない!! 現金150万円!! 絶対に戻ってこないと絶望的な気持ちだったらしい。何度も何度もお礼の言葉を述べられ、謝礼の1割が入った封筒を私たちに差し出した。1割? じゅ、15万! と心の中で思った自分。当然のことをしただけですからと固辞する先輩。払う、払わないのやり取りが数秒続いたあと、これからもたくさんのご縁に巡り合えますようにということで、5万円をいただいて、笑顔で別れた。その時の5万円は、職場のみんなでパーッと使わせてもらった。

それから10数年後、ホラー小説家にはなっていなかったが、シナリオセンターに通って脚本の書き方を学んでいた。ゼミは楽しかったが、コンクールに出しては落ちる日々。なぜ落ちるのかと自問自答し、生活環境を変えてみようと急に思い立った。在宅でやっていた仕事を辞め、就活して特許事務所で働き始めた。採用されてから知った仕事内容は経理。未知の世界……。子供のころから妄想は得意だったが、計算とかはすごく苦手だった。加えて、通勤時間1時間15分。どっと疲れる日々が続いた。でも慣れると通勤電車は、読書や原稿の推敲、考え事、睡眠などなど、なかなか有意義な空間に変わっていった。しかも電車の中には、いろいろな人との出会い?もある。

昔観た映画で、年配の女性が自分のハンドバッグを投げて、電車の席取りをするシーンがあったが、同じような場面に遭遇することがある。ある朝の少し混んでいる車内。立っている私の前の席が空いたので、座ろうとしたら、若い女性が体当たりしてきて、横から滑り込みながら言った。「セーフ」確かにセーフだったけど……。
こんな男の人もいた。空いた一つの席をめがけて、混みあっている車内を「すいません、通してください」と大声でかきわけてくる。その席に誰かが座ろうとした時、ひときわ大きな声で一言。「すいません。そこ、座ります」なるほど。そう宣言されると誰も座れなくなる。

日本の満員電車のイメージ通勤電車に慣れると、読書や推敲、睡眠など、なかなか有意義な空間になった

因果応報? 還ってくる落としもの

ある時は、押した、押さないで恰幅のいい中年男性と、細身の若い男性が言い合いを始めた。だんだんエスカレートして怒鳴りあいになり、中年男性は車内でおもむろに携帯で話し始めた。電話の相手は弁護士のようで、訴訟がどうのと話している。静まり返った車内。若者は無言。乗客の耳が中年男性の会話に集中しているのを感じる。電車が駅で停車し、ドアが開いた瞬間、若者が脱兎のごとく走り去った。「おい、待てよ」と怒鳴りながら中年が追いかけて飛び出す。乗客の視線が2人を追っていき、ドアが閉まる……。その後どうなったのか結末が気になるようなこんなドラマなども、時々あったりする。

トラリピインタビュー

事務所で働き始めて5か月ぐらいが経った頃、電車の中の話を書いた、15分のラジオドラマがコンペで採用になり、初めて自分の作品が深夜枠で放送された。ギャラは1万円。その半年後、富士山河口湖映画祭シナリオコンクールで町長賞をいただき、その後BKラジオ脚本大賞を受賞し、ようやくライターとしての一歩を踏み出すことができた。環境を変えたことが功を奏したのか、単なる偶然か。こうして遅いデビューをして10年、シナリオライターを生業にはできていないが、今も経理の仕事をやりつつ、脚本を書いている。

かつて現金150万を拾った時、自転車の後ろのカゴに乗せるなんて不用心な!と思ったけれど、長い年月振り返ってみると、自分もバッグや財布、携帯など、貴重品と呼ばれるものをいろいろと紛失してきた。置き忘れたり、落としたり。先日も朝、犬と一緒に大通り沿いの歩道を走っていた時のこと。交差点で信号待ちをしていると、赤信号で停まった黒い車のドライバーが、窓から身を乗り出して、後ろを指差しながら叫んでいる。「鍵、鍵……」。
私? ハッとしてポケットを見たら家の鍵がない。指差す方向を見ると、遠くに赤いキーホルダーが落ちているのが見える。ああ!!よかった!! 信号が変わって走り去っていく黒い車に、心からの感謝を込めて手を振った。

鍵の落とし物のイメージバッグや財布、携帯、鍵など貴重品をたくさん紛失してきた

これまでの失くし物も、こうやっていつも見つかってきた。親切な誰かが気づいてくれたり、交番に届けてくれたりして、いつも私のもとに還ってくるのだ。ボーっと生きててはいけないと反省しつつ、やはり因果応報はあるのだと信じている。

次回は南條廣介さんへ、バトンタッチ!

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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