本連載では、税理士に寄せられた相談者からの質問をもとに、主に「おひとりさま」の相続に関するさまざまな疑問に答えていきます。第16回は、両親が認知症を発症した経験があるおひとりさまが、将来自分も認知症になってしまったらどうすればいいのかという相談です。

認知症は誰もが将来なりうる身近な病気

毎年9月には「敬老の日」があります。2021年の敬老の日は9月20日(月)ということですが、実はその翌日の9月21日は「世界アルツハイマーデー」として世界各国で毎年様々なイベントが行われていることはご存じでしょうか?

世界アルツハイマーデー及び月間について(厚生労働省)
世界アルツハイマー月間 2021(公益社団法人認知症の人と家族の会)

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高齢化社会と認知症は、切り離せない関係にあります。
認知症とは、認知機能が低下することにより日常生活や社会生活に支障が出るようになった状態のことをいいます。その原因はさまざまな病気と関連しており、アルツハイマー型認知症、血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などの種類に分けられるようです。

アルツハイマー型認知症は全認知症のうち70%を占めるといわれていますが、その発症が家族や社会に気づかれずに症状が進行してしまうこともあり、一度認知症になってしまうと、その進行を緩やかにすることはできても、完全に止めることは今の医学ではまだ難しいのです。

そこで認知症の一歩出前である「軽度認知障害」といわれる状態のうちに適切な予防を行い、認知機能が正常な状態への復帰や、進行を停止させることを目的に、認知症についての理解を深める活動が行われています。

高齢者の7人に1人が認知症といわれる今、誰もが将来なりうる身近な病気として、認知機能が正常であるうちにリスクヘッジをすることは、おひとりさまに限らず、豊かな老後のために必要ではないでしょうか?

判断能力が不十分な人を法的に保護する成年後見人制度

Q.
妻に先立たれ一人暮らしをしています。高齢者といわれる年齢になり、自分の両親は亡くなる際に二人とも認知症の症状があり苦労をしたため、自分に判断能力が無くなった時のことが心配です。
今のところ年齢相応の物忘れはありますが、日常生活に支障があるとは感じていません。認知症を発症する前に、自分の意思で対処できる方法はありませんか?

A.
認知症などが原因で判断能力が不十分な人を法的に保護する制度として「成年後見人制度」があります。
現時点で健常な判断能力がある場合は「任意後見人制度」を利用して、自分を支援してくれる任意後見人と契約を結んでおきます。

一緒に暮らす家族がいない人にとって、身体の健康不安以上に、日常生活に必要な判断能力が無くなった時の事を考えると非常に心細い気持ちになるのは当然ですね。特に若いころ親族の認知症に悩まされた経験がある人にとっては、もし自分が同じ状態になったらどうしたらいいのか、今のうちに手当できる方法はないかご相談するお気持ちはとてもよくわかります。

「成年後見人」という制度があるのはご存じ方も多いと思います。しかしこの「成年後見人制度」には「法定後見人制度」と「任意後見人制度」の二つがあり、ご本人の状態により利用できる制度が異なってきます。

  • 法定後見人制度……現状すでに判断能力が十分でない方
  • 任意後見人制度……今は判断能力に支障がないけれど将来不安な方

ですから、ご本人にまだ健常な判断能力があるうちは任意後見人制度しか利用できず、逆にご本人の判断能力に支障があれば法定後見人制度しか利用できないことになります。

相談者の方は日常生活に支障が出るような判断能力の低下がない状態ですので、任意後見人制度の利用ができることとなります。
簡単に言えば、任意後見人制度とは、自分の判断能力が低下した時に備えて、あらかじめ自分を支援してくれる「任意後見人」と契約を結んでおくことです。

任意後見人は、親族や信頼できる友人を選ぶことが多い

「任意」という言葉通り、任意後見人は自分の意思で自由に選ぶことができますが、次の①から⑥に該当する者は、法律上任意後見人にはなれないとされています。

① 未成年者
② 破産者
③ 行方不明者
④ 家庭裁判所から法定代理人などを解任されたことがある人
⑤ 本人に対して裁判をしたことがある人、その配偶者と直系血族
⑥ 不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある人

一般的には、任意後見人にはご本人の近しい親族や信頼のおける友人、知人を選ぶことが多いですが、職業の一環として任意後見人を行う司法書士や弁護士を選任することもできます。

任意後見人を決めたら、その方の承諾を得て任意後見人契約を結ぶことになりますが、これは公証人役場で公正証書として作成することが法律上定められています。
任意後見契約は、ご本人の判断能力が将来不十分になったと認められた時に備えて作成される契約のため、契約をしてもすぐに効力は発生しません。
任意後見契約は、ご本人の判断能力が低下した後に、家庭裁判所で「任意後見監督人」が選任されてはじめて効力が発生します。

ここで気をつけなければいけないのは、任意後見人契約はご本人の「判断能力の低下」により効力を発生しますが、判断能力は健常であるけれど、交通事故やALSなどの病気により身体能力が衰え寝たきりになりになった場合には、任意後見人契約の効力を発生させることができないということです。
この場合、判断能力の低下、身体能力の低下の両方に備えるには面倒ですが、任意後見契約と通常の委任契約の二つを組み合わせて締結しておかなくてはならないようです。

介護
場合によっては判断能力だけでなく、身体能力の低下にも備えておく必要があるかもしれない

任意後見監督人という名称が出てきましたが、任意後見監督人とは、その名のとおり任意後見人を監督する人で、多くの場合は司法書士や弁護士が選任されることになります。
任意後見人はもとよりご本人が信頼して選んだ方となりますが、その任意後見人をチェックして家庭裁判所に報告をする人が任意後見監督人です。

財産の管理や介護認定の手続きを任意後見人が支援

具体的に任意後見人はどんな支援をしてくれるのかというと、大きく分けて次の二つとなります。

① 財産の管理
② 医療・介護など生活面の手配や管理

財産の管理とは、預貯金・不動産・株式・年金収入の管理や公共料金税金の支払いなどのことです。
医療・介護など生活面の手配や管理とは、介護認定の手続きや医療機関の手配、入院手続き、老人ホームなど施設入居のための契約、手続きをいいます。

介護といっても、実際に任意後見人がご本人の介護や世話、例えば掃除や食事の支度、排せつの手伝いなどの事実行為をするわけではありません。

任意後見人制度はおひとりさまに限らず、すべての方が高齢になった時の備えとして知っておくべき制度だと思います。
また、親御さんが高齢になった時を心配する子供にとっても必要な制度ですので、一度下記のリンクをお読みになることをお勧めします。

日本公証人連合会ホームページ
法務省「任意後見制度について」

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