テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第29回は、朝ドラ、相棒でおなじみの東多江子さん。

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ローン三重苦とは?

東多江子さんの写真東多江子
脚本家
日本放送作家協会理事

人生で最も高価な買い物をしたのは、38歳のときだった。
バブルが崩壊して、土地や家の値段がどんどん下がり始めていた。中古マンションならわたしにも買えるかもと思ったとき、NHKの連続テレビ小説の執筆が決まり、環境を整えたいという気持ちが強くなった。

わたしと一緒に「物件行脚」をしてくれた不動産会社の女性は、定規で測ったようなボブカットにかっちりしたスーツ、いかにも敏腕営業ウーマンという態で、実際わたしの希望をよく理解して、中古物件の中からいいものを探し当ててくれた。しかし、ここに決めようと気持ちを固めた矢先のこと──。

「ヒガシさん、前もって申し上げますが、銀行ローンを申し込む場合、女性で独身でフリーの人、つまりヒガシさんみたいな立場の方が一番難しいんですよ」
「ええっ! つまりあたし、ローン三重苦ってこと?」
「──ですね」

にこりともせず彼女は答える。ちょっと受けてほしかったんだけどなあ。彼女は、その場で銀行に電話をかけ、まなじりを決してわたしを引き連れて行った。

銀行での審査イメージ画像
38歳のとき、女性・独身・フリーランスという三重苦で銀行のローン審査を受けることに

銀行の狭い一室。担当の男性2人の前に、わたしとその営業ウーマン。まるで有名小学校お受験の、娘と母親。
「ヒガシさんは、これからNHKの朝ドラをお書きになるんです。以前はNHKの『中学生日記』を書いてらしたんですよ」
営業ウーマンは、2回もNHKと言ってる。こころなしかそのワードに力を込めて。
「『中学生日記』はわたしも時々見てますよ」
男性の1人がにこやかに言った。

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ええにょぼマンション、誕生

こちらの気持ちも少しほぐれてきたその直後、「でヒガシさん、朝ドラの後のお仕事は決まってらっしゃいますか?」とその男性が聞いてきた。朝ドラだってまだ1行も書いてやしない。これから、1年近く全身全霊を傾けようとしているそのときに、その後の仕事だなんて……。

答えに窮しているわたしに代わって、営業ウーマンが身を乗り出した。
「ヒガシさん、確か朝ドラはご本にもなるんですよねえ」
「あ、そうです、本も出ます」
彼女のアシストのおかげで、翌日、わたしは銀行からの合格通知を受け取った。「ご支援させていただくことに決まりましたので」と。連帯保証人をつけることが条件だった。

なぜあの営業ウーマンが、朝ドラのノベライゼーションのことまで知っていたのか今も謎のままだが、ともかくわたしは新居で朝ドラを書き始めることができた。「ええにょぼ」というタイトルで放送は1993年4月にスタート、ヒロインは戸田菜穂さんだった。

こういういきさつだったから、わたしは冗談まじりに「住んでるのはええにょぼマンション」なんて吹聴していた。すると「朝ドラ書いたら、マンション買えるほど原稿料もらえるんですか」と真顔で聞く人もいた。いや、三重苦にめげずローンが組めたから、に他ならない。今はどうなんだろう。女性、独身、フリーは、やはり不利なんだろうか。

マンション群のイメージ画像
マンションを購入できたのは、三重苦にめげず住宅ローンが組めたから

今のマンションは50歳の時に購入した。ローンの審査は気が抜けるほど、スムーズだった。面接も連帯保証人もなし。前のマンションのローンを10年ぐらいで完済した“実績”が認められたのか……。
連続ドラマなど大きな仕事をしたときに何度か“前倒し返済”をして、そのたびに体も気持ちも軽くなり、ついに完済したときには、じわーっと解放感を味わったものだけれど、別に誰もほめてくれない。銀行だって、「お疲れ様!」でも「よく頑張りましたね」でもない。

でもそれでよい。
自分で自分をほめればそれでよい。完済した日、山手線のなかで思わず涙ぐんでしまった自分が、懐かしく思い出される。

次回はダンカンさんへ、バトンタッチ!

是非聴いてください!

わたしが脚色をしたラジオドラマ「新日曜名作座~家族じまい」が放送になります。
原作は、桜木紫乃さん。
出演は、西田敏行さんと竹下景子さん。
チャンネルは、NHKラジオ第1ですが、らじる★らじるでも聴けます。
聞き逃し配信もあります。
放送は、10月10日(日)から。6回連続です。西田さん、竹下さんの話芸を堪能してください。


一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイズ」などさまざまな事業の運営を担う。