理念に共感する医師・薬剤師とともに起業
素晴らしいと思います。具体的にはどんな取り組みをされたのでしょうか。また、そのようにやりがいに満ちた仕事から起業に至る経緯など聞かせてください。
石井 製薬会社の活動はその多くは医師に向けて割かれることが多いのですが、移植医療のバリューチェーンは医師以外に、看護婦、薬剤師、移植コーディネーターなど幅広い領域に及びます。私達はこうした背景の異なる人々を一堂に集めてトレードオフ解消のための、相互理解を深めるための勉強会を重ねていきました。また、薬の宣伝や情報提供に軸を置くのではなく、彼らが実際に困っていることを解決することに多くのリソースを割いていきました。
こうした活動のバックボーンを持つためにノバルティスでの研修もあるのですが、その研修で慶応の先生にマーケティングの講義を受けたのが、1つの転機になりました。パンパースが日本市場に乗り込んでいくケーススタディだったと記憶しています。その講義を聴いて、ああ、自分がこれまでしていたことはその時々のバッチ処理に過ぎなかった、と思いました。もっとロジカルに4P(※)のような概念を使って、考えていかなくてはだめだ、と、まるでハンマーで頭を打たれたような衝撃を受けました。関西学院の大学院でマーケティングを学ぼうと考えたのはそうした経緯です。東日本大震災のすぐあと、2011年の4月ですね。
一番、面白かったのはファイナンスの講義でした。現在価値に割り引くなど、これまで営業の世界では考えたこともない概念を知りました。また、グループに分かれての発表などを通して、同じ目的を達成するために信じて良い仲間とそうでない相手の区別など理解していけたと思います。そうした授業の発表は、実際には卒業にも成績にもあまり関係ないので、深夜の作業などになると終電前に帰るメンバーとか主体的に議論に参加しないメンバーも生まれます。現実的な損得では得のない行為ですからね。私は、そうした得のない作業に仕方ないなという感じでも主体的に参加するメンバーこそが、例えば戦場で敵と対峙した際に自分の背中を預けられる相手だな、と感じたのです。
起業については、どこかで起業したいと考えていました。そのうちに少しずつ製薬会社として医療に貢献できる部分が厳しくなって、MRはあくまで医薬品の情報提供の仕事なのだ、という縛りが強くなっていきました。医療経営に係るような匂いのする行為は、実行が難しくなっていきました。面白くないな、もっとわくわくしたいな、という気持ちもあって、まずは2013年7月、患者をどう増やしていくかというような課題解決を行うコンサルティング会社、メディノベーションラボを設立したのです。MR時代に顧客だった開業医のコンサルなどを始めました。
※ 4P…Product(製品)、Price(価格)、Place(流通)、Promotion(販売促進)の4つの要素をもとにマーケティングの分析を行う手法。
そこから2015年8月の厚生労働省のオンライン診療にかかる通達を受け、現在のネクストイノベーションを起業されるのですね。
石井 先ほどの臓器移植にかかる様々なステークホルダーのトレードオフの関係のように、実際の医療の現場には様々な矛盾や意味のない構造的な問題が横たわっています。臓器移植についても、実際に臓器移植を終えた患者さんが、遠隔地に住んでいた場合、わざわざ薬の処方箋をもらうそのためだけに、長い移動に耐えて通院しなければならない、そんな事例も体験しました。オンライン診療は、そうした矛盾を解決できる手段になると思いました。
MR時代からずっと感じていたのですが、実際に診察を受けに来る患者さんより、本当は処方箋を書いてもらって薬をもらうために来院・通院する患者さんの方が多いのです。
また、医師の側でもあまりにも多くの時間を、言い方は良くありませんが、雑務に使っている現実があります。限りある医師の時間を、本義的に医師の診察が必要な患者にこそ、もっと割いてもらうためにも、オンライン診療が、あるいはICT(情報通信技術)のチカラが、きっと役に立つと、そう確信しています。
先ほど、背中を預けられる相手と言いましたが、同じような信念を持ち、以前から勉強会などで意見を交換してきた薬剤師や医師が共感して、同じ船に乗ってくれました。特に、まずは医薬品の適正な流通のところが、現実的なマネタイズを考えたときに重要だと考えていましたので、自身も薬剤師であり、大手医薬品卸での経験も持ち、かつ実家で規模の大きな調剤薬局群を経営している取締役の渡部が参画してくれたのはありがたいことでした。
「何かキュンキュンすること」をしたい
ネクストイノベーションの取り組み、果たしたい夢など教えてください。
石井 まず最初に取り組んだのは、スマートフォンで「いつでもどこでも」医師による診察を受けることができる「スマ診」のリリースでした。遠隔治療を実現するだけでなく、最短で翌日、薬が手元に届くというサービスです。そこからオンラインの特性も考え、なかなか実際に診察を受けにくいそれぞれの悩み、男性でしたらED(勃起不全)やAGA(男性型脱毛症)のような悩みに対応できる「男のスマ診」をリリースしました。現在は同じように女性の悩みに寄り添う「スマルナ」に注力しています。
「スマルナ」は、生理や避妊に関して悩みを持つ方と医師や助産婦、薬剤師などの医療専門家を繋いで、オンライン診察やピルの処方、相談を受けられるプラットフォームを目指しています。リリース以来、反響も大きく現役世代の女性の支持をいただき、すでに27万ダウンロードを記録しています。また、大阪と福岡にはリアルな診療の場所としてスマルナクリニックをプロデュースしました。
誰に相談していいのか分からない悩みや診察までの心理的なハードルの高さなどを越えて、20代から30代の女性に寄り添い、彼女たちが年を重ねるごとに伴走していけるようなサービスに育てていくつもりです。また、それを10代後半からの性教育や更年期の悩みなどにも応えられるようにしていければと考えています。男性側の意識改革にも繋がるセミナーの開催など、やれることは多くあります。
まずは相対的に診療に対するリスクが低いと考えられるコンプレックス市場が戦場ですし、高齢者よりはむしろ現役世代のQOLの向上が課題ですが、それをアレルギーの領域、やがては慢性疾患の領域、そして海外へと飛躍させていきたいと思います。
ただ、あまり使命感を前面に出すのではなく、会社としても新しい価値観で、自由に運営していきたい。自分がMRの時代に、疑問に思ったこと、頻繁な会議や時間の拘束、四六時中スーツを着るなどしたくはありません。現在、うちの会社では流行っている言葉があって、それは、何かキュンキュンすることをしたいね、という言葉です。ワクワクすること、でも構いません。古い構造に風穴を空けて、より患者にとっても医師にとってもメリットのある世界を作りたいと思いますが、それをワクワクしながら、キュンキュンしながら、やっていきたいと思います。また、しっかりと考えて、勝てる分野に全力を投下して、戦っていきます。