テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず!
連載第49回は、映画「ロクヨン 64」でおなじみの久松真一さん。
お金を稼ぐなら──
お金、と聞くとたいていうんざりする。あまりそういうことを考えたくなくてこの世界に入った、といったところもある。ものさえ書いていればまぁいい。サラリーマンの営業なんて金を計算する仕事なんてごめんまっぴらだ、と思ったところがある。ところがそうはいかない。金がないと生きていけない。考えたくはないが、支払いや学費、保険料、税金と聞くとビクッとし、酔いも醒めそうになる。とにかく、どこでどんな仕事をしていようと、生きている限り、金はまとわりつく。
この日本の実体経済は今もってまったく上向いておらず、国民の平均賃金はこの20年以上横ばい。脚本家もご多分に漏れず、脚本料の相場は20年前と変わらずのままだ。
地上波に限っていうと、ネットやゲーム、配信ドラマ等に圧され視聴率の低下、比例してスポンサー料も低下しテレビ局の収益は悪化、制作費が圧縮され、脚本料はさらに下がっていると聞く。
それでも書き続けるのは、私はやはり、ドラマや映画で人々に感動を与えたい。その感動が人々をきっと癒し、幸せにすると信じているから。その一心だけ、といっても過言ではない。
師匠の倉本聰先生の言葉を借りれば「心の洗濯屋」でいたい。そう思っている。つらいこと、苦しいことを洗い流し、明日もがんばろうと思ってもらえるような作品を書けたら。いつもそう思っている。
ただ、そういった物書きの純粋な気持ち、気質を利用しようとする輩がいる。
調子のいいことを言って企画書やプロットを書かせ、その企画が通ったならまだしも、通らなかったら、執筆に2か月、3か月かかろうが企画料は数万円。オリジナルでゼロから考え取材し、調査し、徹夜で書き数か月かかったものだったら茫然となる。
テレビ局も制作会社も、脚本家の労力、生活など意に介せず、アイディアは使い捨て。これで、優秀な人材がこの世界に集まるか。この世界に希望をもつことができるか、と常に思ってきた。
まさに「やりがい搾取」である。
ものを書いて収入を得るなら、脚本家より小説家。
お金のことを考えるなら断然そう思う。あるベストセラー小説家のお宅にお邪魔したら、あんぐり口を開けた。
世界的な超高級車が5台、6台、目を見張る豪邸───。
そんな生活をしている脚本家は、小説家と比してみたら本当にごくわずかだろう。お金を稼ぎたいなら、小説家をお勧めする。
お金を遣うということ
とはいえ、脚本家にもそれはそれで稼いでいる方々がいる。
私の師匠、倉本聰もたぶん、いやきっとそうだと思う。作品数、千数百本、「北の国から」をはじめとした名作の数々。
私はその、倉本先生の私塾「富良野塾」で2年間、脚本を学んだ。その2年間で数々の衝撃を受け倉本先生の凄さが身に染みたが、その1つが、お金の使い方だ。
富良野塾において、主宰者の倉本聰は受講料は一切取らない。塾生は生きていくために日中、農作業をし牧場で働き、食費や光熱費等自ら生計を立てる。それが基本だった。
つまり無料で学べるのだ。私のような貧しい者でも誰でも、やる気と能力さえ示せば勉強できる。それが私の夢、道を拓いてくれたのだった。
富良野塾は25年で閉じた。その間に十数棟のログハウスを建てた。塾生の住居、作業場、スタジオ、稽古場。馬場を作って、役者は馬に乗れるようにと馬を飼い。それらの建築資材、土地代、整備代、馬の購入代などはすべて倉本先生が負担してくださった。建築のための機材、道具も揃えてくださった。
倉本先生が富良野塾に投資した金額は25年でいくらになるだろうかと考える。
わからないが、きっと数億? それに、教えることに全身全霊で向き合ってくださったあの2年間の受講料は、無料。
こんな人がいるか、と思う。少なくとも自分は、こんな脚本家、小説家、表現者は他には知らない。その倉本先生の投資、労力、情熱に応えるためにも、自分はがんばらねばと思う。
3年ほど前、倉本先生が教え子の脚本家を前にして、飲みながらご機嫌でこうおっしゃった。
脚本家なら遊べ。いい脚本を書きたいなら遊べ。俺は銀座でン千万、神楽坂でン千万、祇園でン千万使ったぞ。とにかく遊べ。
いやー、(そんなことができるは師匠だけですよぉ)と心で言いつつ顔で笑って。
それでも思った。
師匠のような、お金の使い方ができるような人間になりたいと。
後進のために。自らの脚本の向上のために惜しみなく投資する。そうなりたい。
でもそのためには稼がなくちゃ。ドラマや映画で。
やっぱり、俳優、スタッフ、みんなで創るドラマや映画が好き。映像で感動を伝える。それが自分の使命なのだと最近、強く思っている。
今、韓国や中国の脚本のギャランティは日本の10倍といわれる。
日本の脚本家の環境は、いや、映画、ドラマそのものの環境が他国に比べ苦しい状況にある。が、それを改善しつつ、脚本家の地位を高めつつ、作品そのものを高めたいと思っている。
が、まあ、何というか、いつか小説書こうかな。なんてね。
次回は放送作家の高橋秀樹さんへ、バトンタッチ!
ぜひ観てください!
BSプレミアムドラマ『生きて、ふたたび 保護司 深谷善輔』
作・久松真一
毎週日曜日夜10時より、ただいま放送中。
ぜひご覧ください。
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。