昆虫の一種であるコオロギを食品として生産し、製品開発から販売までを行う「エコロギー」は、早稲田大学大学院でコオロギの食料資源化に関する研究をしていた葦苅晟矢さんが、2017年に立ち上げた会社です。葦苅さんはコオロギの理想的な生育環境を求めてカンボジアに渡り、現在はカンボジアを拠点に事業を行っています。
最近では、コオロギを粉末にしてチョコレートなどに練り込んだ食品も販売されていますが、ニュースのコメントやSNSなどでは、昆虫食に対して今もネガティブな反応が目立ちます。コオロギ食をめぐる現状とエコロギーのビジネス、異国の地で研究開発に取り組む思いについて、葦苅さんにお話をうかがいました。

葦苅晟矢さん株式会社エコロギー 代表取締役CEO
葦苅晟矢さん(あしかり・せいや)
早稲田大学商学部卒業。早稲田大学大学院先進理工学研究科一貫博士課程に進学後、コオロギの資源化に関する研究に取り組む。2017年に株式会社エコロギーを設立。現在はカンボジアを拠点に事業開発に携わる。

昆虫食・コオロギ食の認知度は高まっている

まずは御社のビジネスについて教えてください。

葦苅さん 持続可能な新しいタンパク質の供給源として、自然由来である昆虫、中でもコオロギに着眼して、食用のコオロギの研究開発から実際の生産、さらにはコオロギを使った食品やペットフードといった商品の開発から販売まで行っています。

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コオロギのパウダーやエキスといった原材料を食品メーカーなどに提供する卸販売もしていますし、自社でも消費者に向けた食品の販売を行っています。

製品については後ほどうかがいたいと思いますが、現時点でのエコロギーの評判はいかがでしょうか?

葦苅さん おかげさまでいろいろなメディアにも取り上げていただいて、認知度もかなり上がっています。好意的に受け止めていただける方も多いのですが、直近ではマイナスのイメージでとらえられる機会も多いですね……。

「コオロギを食べる」ということに対して、良くも悪くも社会に対するインパクトはあったと思うので、御社へのお問い合わせはかなり増えたのではないかと想像します。

葦苅さん 食品会社から一般の個人の方まで、コオロギに注目してくださる方が増えているのはありがたいと思います。そもそも、3年くらい前には「コオロギ」と「食品」がイメージとして結び付かない人がほとんどだった中で、認知度が上がっていることを、私としては前向きに考えています。

コオロギのためにカンボジアへ。行動の源泉は「楽しさ」

そもそも、葦苅さんが昆虫食やコオロギと出会ったきっかけは何だったのでしょうか?

葦苅さん 学生の頃の課外活動で、「模擬国連」という社会問題についてディスカッションする機会があり、そこで食料問題や環境問題を扱ったことがありました。ちょうどそのとき、2013年に国連が昆虫食の有用性に関するレポートを出して、たまたまそれを読んでおもしろそうだなと思ったのが最初のきっかけでした。

「食品及び飼料における昆虫類の役割に注目する報告書」国際連合食糧農業機関(FAO)、2013年
「食品及び飼料における昆虫類の役割に注目する報告書」国際連合食糧農業機関(FAO)、2013年PDF
※虫が苦手な方のために表紙をぼかしています

それがきっかけでコオロギに注目して、自ら会社を立ち上げてコオロギの飼育に挑戦して、でも日本では限界があると感じて、気候が暖かくてコオロギの生育に向いているカンボジアに渡られたということですよね。昆虫食がビジネスとしておもしろそうだと考える方はほかにもいて、実際に研究している人や会社もあると思いますが、葦苅さんはまだ昆虫食という市場が育っていない時期からカンボジアへ行かれたというその行動力に、経歴を拝見して驚きました。

葦苅さん 「楽しかった」というのが一番ですね。もともと私は昆虫が好きだったわけではなく、学生の頃に初めて興味を持ったのですが、実際に昆虫を食料にするという取り組みを進めるにつれて、もちろんいろいろな課題に直面しましたが、前に進むたびに応援してくれる人が増えたりして、飽きることがなかったですね。

コオロギは暖かいところが好きな虫で、冬に暖房を使ってまでコオロギを育てるのは自分のポリシーに反すると感じました。それで勇気を出してカンボジアへ行ってみたら、そこでまた新しい世界が広がっていて、それも私にとっては楽しい体験でした。

コオロギの飼育や研究そのものだけでなく、新興国のエネルギーにも魅了された面もあります。

ウェットな人間関係は食品会社に合っている

アンコールワット東南アジアに位置するカンボジアといえばアンコール・ワットが有名

カンボジアと日本では、生活習慣が日本とずいぶん違いそうです。どんなところに驚きましたか?

葦苅さん ほとんどすべてですね。例えば時間や約束事の概念も違っていて、カンボジアの人と待ち合わせをするのはものすごく難しいです。

ただ、細かい違いを挙げればいろいろありますが、同じアジア人ということもあり、一度わかりあえればすごく良い信頼関係が築けるのも楽しいですね。東京と比べると人間関係がウェットで、温かみを感じます。そんな雰囲気が、私たちのような食品を作る会社にも合っているのではないかと思います。

カンボジアの職場はどのくらいの規模で、日本人とカンボジア人の割合はどのくらいですか?

葦苅さん 会社自体は10人くらいの組織で、日本人が5人、カンボジア人も5人という感じですね。それとコオロギの生産は地元の農家さんと契約していて、だいたい60件くらいです。

環境負荷が低く、栄養価が高いタンパク源

あらためて、コオロギの食品としてのメリットを教えてください。

葦苅さん ひとつは生産面での効率性です。もともと昆虫食に興味を持ったきっかけのひとつが、地球環境にやさしいという点でした。家畜を育てるには大きな土地で大量のエサ、大量の水が必要で、牛が吐き出すメタンガスは地球温暖化に大きな影響を与えています。

一方のコオロギは限られた土地面積、少ない飼料や水で生産できるうえ、排出する温室効果ガスも少ないということで、タンパク質の供給源として地球環境にやさしいことがメリットですね。

牛肉と比べたコオロギの環境負荷
※1 牛肉と比べたコオロギ生産コスト
※2 単位重量あたり
出所:エコロギーのホームページより抜粋

地球環境だけでなく、人間社会にとってもメリットがあります。カンボジアでは農家さんの副業としてコオロギを育てて収入を得ることができるので、私たちがコオロギの生産を増やすことがひとつの社会貢献にもなりえます。

そして消費者にとっても、コオロギは栄養価が高い食べ物です。タンパク質だけでなく、普段の食事では摂取しづらい鉄分や亜鉛を豊富に含んでいます。なので女性の方の貧血予防といったところにも役立てるのはメリットだと思います。

一方で、日本ではイナゴの佃煮などもあるのですが、一般的には昆虫を食べるという文化はなく、まだまだイメージは悪いですよね。昆虫食というとどうしても「ゲテモノ」という扱いをされがちなのは現実としてあります。

ネットではコオロギ食に対して非難の声

以前に御社のことがポータルサイトのニュースで取り上げられていましたが、コメント欄には非難の声も多くありました。「コオロギ食事業に政府が6兆円の補助金」みたいなデマも飛び交い、それを真に受けて誹謗する人もいました。率直にどう思いましたか?

葦苅さん 政府にご支援いただけるのであればうれしいんですけどね(笑)。現状では、政府が昆虫食の企業を対象に特定の補助金などを出している事実はないようです。過去には大学と共同で研究しているときに助成金をいただいたことはありましたが、一般的なスタートアップの助成金として政府の審査を経たものなので、そこに利権のようなものはないと思います。

私たちも、昆虫食というビジネスが賛否両論を巻き起こすことはわかっていたうえで会社を立ち上げたので、マイナスの意見が出てくることは想定していました。

もうひとつ話題になったのは、ある学校の給食でコオロギの粉末を使った食品が出されたことがニュースになって、学校に苦情が殺到した件ですね。私自身は、虫の形をしていなければ食べることに抵抗はないと思うのですが、やはり昆虫に対して「ゲテモノ」というイメージが強い中で、時期尚早だったのかなとも思いました。

葦苅さん 昆虫食というとどうしても、最近のSDGs(持続可能な開発目標)とか、サステナブル(持続可能)という側面で語られがちで、「SDGsだから昆虫を食べなさい」と押し付けられているように消費者が感じた面もあったのではないかと思います。

給食
ある学校で、コオロギの粉末を使ったメニューが出たことが賛否両論を巻き起こした(写真はイメージです)

もちろん、私もコオロギ食のサステナブルな側面は大切にしたいと思っているのですが、「サステナブルだからコオロギを食べよう」といったコミュニケーションはしたくありません。それよりコオロギを食べるメリットをていねいに説明して、魅力を知っていただくことが大事だと考えています。

ニュースを通じてコオロギ食は話題になり、注目を集めましたが、一方でいろいろな誤解も生まれてしまったかと思います。

葦苅さん ありがたいことに注目度は上がっているのですが、いろいろと調査をしてみた結果、確かにコオロギの食品を一度は手に取る消費者は増えている半面、その一度で終わることが多いんですね。エンタメ消費的といいますか、SNSに載せることが目的で、リピート購入に結びつくことは少ないのが現状です。

コオロギ食を2回目、3回目と継続的に手に取っていただけるような仕掛けを、ほかの企業さんとも協力して、いっしょにやっていけたらと考えています。もちろん人の口に入る食品なので、安全性を知っていただくことが何より大事ですし、そこは私たちも啓発していきたいと思っています。

「チョコレートにコオロギを入れるとコクが出る」

具体的にどんな食品を買うことができますか?

葦苅さん 手軽なところではチョコレートですね。チョコレートの中にコオロギの粉末を練り込んだものです。自社の商品として昨年出したチョコレートは、原材料の10%ほどコオロギを配合しているのですが、コオロギをチョコレートに入れると「コク」が出るんですよね。栄養価が高いだけでなく、実は普通においしく食べられるのもコオロギのおもしろいところです。

5月から新しく発売したのが「グリロプロテイン」です。こちらは健康補助食品として、タンパク質や鉄分、亜鉛を摂取できるものです。今回のプロテインはこの高栄養素材であるコオロギと他の有益な原料を配合することで、女性が必要とする美容成分をトータル的に含んでいます。

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SDGsへの貢献だけでなく、健康的でおいしい食材として、日常の食事における選択肢のひとつにしていきたいということですね。

葦苅さん そうですね。コオロギはそれを目指せる可能性があると考えています。

SDGsを難しく考えず、自分の興味をベースにする

フードテックと呼ばれる、食品の技術革新を担うスタートアップがこれから増えてくるかと思います。先駆者として、アドバイスなどありましたらお願いします。

葦苅さん アドバイスというと恐縮なのですが、私としては、SDGsやサステナブルという概念はこれからの社会で間違いなく必要である一方で、そこをあまり難しく考えない方がいいと思います。自分の興味や関心をベースにして、好きなことを突き詰めていったら、結果的にそれがSDGsに貢献する、そんな取り組みが増えたらいいなと思います。

持続可能な社会を目指す中で、自分の心が折れてしまったらせっかく立ち上げた取り組みが終わってしまうので、まずは自分自身の心のサステナブルを目指すことだと思います、会社であれば、社員さんのサステナブルも大切です。ビジネスとしてもしっかり採算が取れて、消費者にも確かな価値を提供する。その循環が、ゆくゆくは地球全体のサステナブルにつながっていくと思います。

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