テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第54回は、NHK「鶴瓶の家族に乾杯」「紅白歌合戦」などを手掛ける放送作家の井上知幸さん。

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港区に住んでいい車に乗りたい!

井上知幸さんの写真
井上知幸
放送作家
日本放送作家協会会員

「弟子にしてくれませんか?」
何度か見知らぬ若者からこうしたメッセージをもらうことがある。どこで連絡先を聞いたのか、手紙やメール、直接の電話ということもあった。最近はSNSを通じてのものも。

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弟子を取るということは、多少なりとも他人の人生を左右することにつながるため、こちらの責任も重く、ある程度の覚悟が必要だ。それでも、熱心な思いをぶつけてきた人物なら話だけでも聞いてみようかなと、これまで数人の若者と会ってみた。基本、みんな真面目で熱意あふれる若者だった。その中で一人だけストレートな青年がいた。

「いくら稼げますか?」

いきなり過ぎる質問には面を食らった。彼はさらに「港区に住んでいい車に乗りたい」と言い放った。呆れる半面、なるほど彼にとって放送作家とはそういうイメージなのかと、ちょっとうれしくもなった。しかし、現実はそうは甘くない。彼には別の道を勧め、その場で別れたが、「いい車に乗りたい」という言葉に昔の自分が重なった。

港区の夜景のイメージ
「港区に住んでいい車に乗りたい」とストレートに言う青年がいた

まだ駆け出しの頃、ヒット番組を書きまくっていた憧れの先輩作家たちの話題はもっぱら車自慢。テレビ局の駐車場に停めた真新しい外国車を羨望の眼差しで見つめたものだ。見せてもらってはタメ息をついたものだ。先輩曰く、「車は男の道楽だよ」

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男の道楽とめぐり会えた

男の道楽とは何か。ギャンブルの類いは一切やらず、高い店をハシゴ飲みすることもせず、ましてやお気に入りのおねえちゃんに入れあげる甲斐性もない。道楽とは程遠い作家生活を送ってきた。趣味を一つあげるとすれば、古い車が好きで古本街で昔の車の雑誌を買ってきてはその時代の記事と写真を眺めるぐらいだろうか。

昔、仕事の打ち合わせで堺正章さんのお宅に招かれたとき、「男の道楽は自分と同い年の時計、ワイン、そして車を所有すること」と教えられた。その言葉がずっと頭の片隅にあり、放送作家として稼げるようになったら、いつかは自分も!と密かな思いを抱いていた。

ヴィンテージカーのイメージ
古い車が好きで、古本街で昔の車の雑誌を買ってきては眺めていた

それから十数年、幸い、いくつかの番組に恵まれ、作家生活が軌道に乗ったときにリーマン・ショックが世界を凍らせた。財テク投資やギャンブルなどに無縁だったためか、金銭的な被害はゼロ。と同時に、この最悪な時期に自分と同い年の車が市場に何台も、しかも破格の値段で売りに出ていることを知った。

これはチャンス!と、おもいきって買ったいわゆるヴィンテージカー。故障が多いと敬遠されがちだが、無理強いをせず、大事に扱ってあげれば心配は無用。何より、自分と同い年が今もがんばって走り続けていることにこちらも励まされ、不思議な一体感を覚えてしまうこともある。うれしいことに底値で買った車が今はその倍以上の値段。思わぬ投資につながった。

同い年に負けてなるものかと、自分も元気で価値のある番組作りに励みたい。そして、若い後輩たちのためにも、いつまでも放送作家を大切にしてもらえる環境作りに力を注いでいきたい。

次回は脚本家の新井まさみさんへ、バトンタッチ!

是非観てください!

NHK土曜ドラマ「きよしこ」

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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