華やかなイメージがある「女子アナ」の世界。アナウンサーたちは全国のテレビ局でキャリアをスタートしますが、その後の進路はさまざまです。テレビ局の社員としてキャリアを積む人、独立してフリーアナウンサーとして活躍する人、あるいはまったく別の道を歩む人……。その中でも、「広報の代行事業」という独特なセカンドキャリアを提示しているのが「トークナビ」という会社です。2015年に同社を立ち上げた、代表取締役の樋田かおりさんにお話をうかがいました。

樋田かおりさん

樋田かおりさん(トークナビ 代表取締役)
元青森放送アナウンサー。「声で、未来が変わる」をビジョンに、伝え方研修を展開するトークナビを設立。全国のNHK・民放テレビ出身アナウンサー60名が在籍する。局アナ時代には情報番組MCや報道キャスターなど、テレビ・ラジオの現場で伝える楽しさを体得した。「2019 日本の人材業界が選ぶ人気講師トップ50」に選出される。

社員に代わって、アナウンサーが会社の魅力を伝える

企業の広報をアウトソーシングする「女子アナ広報室」という事業について初めて知ったとき、「この手があったか」と驚きました。あらためて、どんな事業か教えていただけますでしょうか。

樋田さん トークナビはアナウンサーのセカンドキャリアの支援をする会社で、複数の事業を行っています。その中のひとつの「女子アナ広報室」は、いい商品やサービスがあるのになかなかうまく伝えられず、認知度を上げたい会社の魅力をアナウンサーが伝えるという、広報の代行事業です。

アナウンサーはもともと、インタビューで相手の良さを引き出したり、テレビ番組で商品をプレゼンしたりといった経験が豊富なので、その経験を生かせると思いました。

大企業なら広報部や広報室のような専門の部署がありますけど、私の会社もそうですが、規模が小さい企業やベンチャー企業では、広報専門の人材を雇うのは難しいですよね。

樋田さん そうですね。中には社長自ら広報をしたり、社員の方が広報も担当する会社もありますが、なかなか実績に結びつかないことも多いようで、多くの経営者の方に興味を持っていただいています。一度お会いしてその場で即決された社長もいらっしゃいます。

広報室の活動をしていて気付いたのは、実は社員の方が会社の取り組みをよく知らないということでした。広報を導入すれば、外向けだけでなく社内への発信にもなって、社内での情報共有がスムーズになります。それと、自分の会社がメディアに出ていると社員のモチベーションが上がるという声もありました。

アナウンサーが編集作業も。豊富な経験を生かす

そもそも、どういったきっかけで「女子アナ広報室」を始めようと考えたのですか?

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樋田さん 最初に会社を立ち上げたときは、「話し方研修」が主な事業でした。お客さまは企業の営業担当者や銀行、保険外交員、建設業の方などさまざまですが、メニューのひとつとして経営者向けの研修を提供していて、たとえば株主総会向けのスピーチや、最近では動画でメッセージを発信する機会が多いので動画向けの話し方など、マンツーマンのレッスンをしています。

研修を重ねていくと、社長の話し方がどんどん上達していって、中には「テレビに出たい」という方もいらっしゃいました。それで私たちが社長にメディアの方をご紹介することがあったのですが、その経験が「私たち自身が、メディアを通じて会社の魅力を伝える役割を果たせるのでは?」というヒントになりました。

もうひとつ、これは地方局に多いのですが、話す仕事だけでなくて、番組の構成を考えたり、編集作業をしたりとディレクターのような仕事もするアナウンサーもいます。私が青森放送に勤めていたときもそうでした。そのような経験を持つアナウンサーが、話し方研修の講師としてなかなか活躍できなかったときに、どうすればいいんだろうと思ったこともきっかけでした。企画を考える時間が長かった人が、その経験を生かしやすいのが広報の仕事だと思いました。

番組の編集もすることがあるんですね……。それでも企業の広報は、これまで経験がない仕事なので、慣れるのは難しかったのでは?

樋田さん そこは大きな課題でした。一般のビジネス経験がないので、企業の広報をするためには、マーケティングとか売り上げの数字とか、ある程度企業のことを理解する必要がありました。そこで、私たちとしては先行投資になりますが、マーケティングの先生を呼んで定期的に研修をしました。ほかにも広報で活躍した方に話を聞くなどしながら、毎週のように研修や勉強会をしてきました。

樋田かおりさん

負けた悔しさとライバルの存在が心の支え

ところで、樋田さんがアナウンサーを志したきっかけは何だったのでしょうか。

樋田さん 今から20年くらい前、高校生のときに、高校野球のウグイス嬢をしたことがありました。そこで、自分の声で周りの雰囲気が変わったり、人を元気にさせることができたりすることが楽しくて、それが始まりでした。

私はもともと陸上競技をしていて、地元では駅伝で区間賞を取ったりしたのですが、全国大会ではぜんぜんかなわなくて、挫折してしまいました。同じ時期に「全国放送コンテスト」という、高校生がアナウンス力を競う大会があって、そこに先生や友達の推薦で出ることになりました。最初に出た県大会では入賞することができて、学校は喜んでくれたけれど、私より上の人がいるのが悔しくて、次は1位を目指そうと思いました。そして高校3年生の最後の大会では県大会で優勝して、全国大会に進んだのですが、決勝戦にたどり着けずに落ちてしまいました。陸上で負けたときと同じく、地元ではトップになれても、外の世界の広さを思い知らされて、悔しい思いをしました。

この放送コンテストの経験から、声を使って表現することの楽しさを知り、アナウンサーを本格的に志そうと思いました。

夢を抱いて、実際に夢をかなえられる人はひと握りだと思います。どんな努力をしてきたのでしょうか?

樋田さん 私の場合は運が良くて、大学2年生のときにお天気キャスターのオーディションがあって応募したら、合格できました。自己PRのときにみんながまじめに話すところ、私だけウグイス嬢の声や、「声が遅れて聞こえてくるよ」といういっこく堂さんのネタをやったのが良かったみたいです。

そこで、私にとってライバルとなる人に出会ったことも大きかったです。各エリア2名ずつ合格して、しばらく2人でテレビ番組のお天気コーナーを担当したのですが、私にとって身近なライバルの存在が心の支えになりました。

実はその子はこの4月に私の会社に入ることになり、今はいっしょに働いています。ほかのメンバーも過去にアナウンサー試験で出会った仲間だったりして、人の縁に恵まれたことは運が良かったと思います。