テレビ、ラジオ、動画配信も含めて様々なコンテンツの台本や脚本を執筆する放送作家&脚本家が700人以上所属する日本放送作家協会がお送りする豪華リレーエッセイ。ヒット番組を担当する売れっ子作家から放送業界の裏を知り尽くす重鎮作家、目覚ましい活躍をみせる若手作家まで顔ぶれも多彩。この受難の時代に力強く生き抜く放送作家&脚本家たちのユニークかつリアルな処世術はきっと皆様の参考になるはず! 
連載第59回は、社会派からエンタメまで手掛ける脚本家の大河内聡さん。

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2億円の借金を笑って語る人

大河内聡さんの写真
大河内 聡
放送作家
日本放送作家協会会員

取材が好きです。
地方を舞台にしたドラマを書くことになると、一度は現地へ取材に行きます。具体的にどんな話にするか決まってない時もあれば、プロットあるいは初稿を書き終わってから行くこともあります。

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何かを専門的に学ぶには最低限、積み上げて1m分の本を読む、と故・立花隆さんが書かれていました。20年以上愛読してきた立花さんのひそみに倣うべく、私も取材の下準備として図書館にある関連する本を片っ端から借りてきて目を通します。

スタッフが資料を集めてくれる時は、地方紙や求人誌も取り寄せてもらいます。沖縄の新聞には軍用地の売買や、一般の方のお悔やみ欄が大きく掲載されていて目からうろこでした。また東京にいれば美術館や演劇、アルバイトもより取り見取りですが、地方ではどんなイベントがあるのか、どんなバイトがあるのか、時給はいくらなのか……東京で暮らしているとわからない物差しを自分の中に持とうと努めます。

活字になっていない情報は、ネットでも調べます。アンテナ感度の高い若い友人にリサーチをお願いすると自分では拾えなかった情報を詳細にまとめてくれます。どういうキーワードで検索するか、が腕の見せ所だそうです。

以上の下準備を経て、取材に臨みます。

台風の被害に遭った花農家、闘牛用の牛を育てる青年、コンビニに行ってみたいという離島の中学生。就活塾のカリスマ塾長と地方の大学生たち。震災と津波で家族を失った方々……。
どう本音を引き出すか。質問のレベルが問われます。この人は何も知らないな、と思われたらおざなりなことしか引き出せません。 

たとえば山形の農家にお話しを聞きに行った時のこと。お宅でご飯とお酒をご馳走になりながら、コンバインのアタッチメントや農地転用、政府の減反補助金や遺伝子組み換え作物の独占販売について3、4時間も話していると、実は借金が2億円あるからね、と笑って打ち明けられました。

乾杯のイメージ
取材相手の本音をどう引き出すか。ご飯やお酒をご馳走になりながら数時間、話し込むことも

また震災をテーマにしたドラマの取材で、岩手県大槌町に行った時のこと。取材後、居酒屋に誘われて飲んでいるうちに、「○○局のTVが来て、がれきの中から何か探してるフリしてください、って言われてさ。やってやったけどね。俺も役者だろ(笑)」と話されました。

いきなり訊いても答えてくれるワケがないことを、心を開いてもらい質問でなく会話の中で、ふと本音を洩らしてもらう。真面目なやり取りの中で出る笑いのひと言。取材の妙味だと感じます。

500杯のビールからドラマを編む

後から思えば、あれは取材だったな、と思うこともあります。

子どもの頃から野球が好きで、今も年間数十試合、球場へ足を運びます。
映画にはポップコーン、野球にはビール。球場では20キロ近い樽を背負った売り子さんが100人近くスタンドを歩き回って販売しています。

ある夏、外野席で手を挙げてビールを頼んだら、樽がちょうど空になったところで「すぐ戻ってきますね!」と基地まで駆け足で戻っていき、数分後に「お待たせしました! 替えたばかりなので冷えてますよ!」と息を切らしつつも笑顔で現れました。数日後、また観戦に行くと、「この前、買ってくださった方ですよね」と覚えてくれていました。こうなったら次も彼女から買おうとなるのは、人として当然のことですよね(笑)。

彼女が大学を卒業するまでの2年間、飲むたびに会話を交わすから売り子事情にも詳しくなっていきます。樽には17杯入っていること。売上ランキングが翌日、発表されること。昨日は350杯売って新人で1位だったこと。レスラーのお客さんが樽ごと買ってくれたこと。試合が進むにつれて売れなくなるので、7回以降に買ってくれるお客様は神だということ。別の売り子さんと一緒に来て、この子とは同期で仲良しだから、自分がいない日は彼女から買ってほしいこと。ミスコン、就活、卒業旅行……。

グラウンドでは年俸数億円の選手に向かって高卒の新人投手が挑み、スタンドではライバルの同僚に負けじと売り子さんが1杯750円のビールを販売している。どちらも汗が美しく、どちらも応援したくなります。 

野球場のビールのイメージ
球場で20キロ近いビールの樽を背負った売り子さんと2年間、飲むたびに会話を交わした

彼女が引退してから2年後――。脚本の依頼があり、売り子さんをヒロインにしたドラマを提案したら、スタッフみんな大乗り気。自分も20年のキャリアでいちばん楽しんで書くことができました。さて出来上がってみると、数百杯分の会話が存分に活かされた台詞のオンパレード。ということは、それまでに費やした数十万円?のビール代は取材費として確定申告でも認められてもいいのでは、と思います。申告してませんけどね。

次回は放送作家の村松浩介さんへ、バトンタッチ!

是非聞いてください!

ビールいかがですか」(音声ドラマ配信サイトNUMA)

野球場で売り子のアルバイトを始めた19歳、大学1年生の茉莉。売上NO.1のちひろ先輩や、樽交換を担う大野といった仲間にイジられながらも、常連候補のサラリーマン・橘に励まされ成長する茉莉の姿を描く、青春お仕事コメディ!

音声ドラマ配信サイト『NUMA』画像

一般社団法人 日本放送作家協会
放送作家の地位向上を目指し、昭和34年(1959)に創立された文化団体。初代会長は久保田万太郎、初代理事長は内村直也。毎年NHKと共催で新人コンクール「創作テレビドラマ大賞」「創作ラジオドラマ大賞」で未来を担う若手を発掘。作家養成スクール「市川森一・藤本義一記念 東京作家大学」、宮崎県美郷町主催の「西の正倉院 みさと文学賞」、国際会議「アジアドラマカンファレンス」、脚本の保存「日本脚本アーカイブズ」などさまざまな事業の運営を担う。

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