豊かな人生とは何をもって言うか、その指標はお金だけでしょうか? ビジネスを成功させた人に聞くと「人に恵まれた」エピソードが必ず語られます。コロナ禍を体験し、先が見えない世の中だからこそ「人と繋がる」ことの大切さが身に沁みます。“人”という字が支え合っているように、人と出会って何を学んでいくかは、人生において大切な自己投資になります。この連載では、専門知識や経験に秀でたスペシャリストの視点で、豊かな生き方の極意を語ってもらいます。第23回のテーマは「ポジティブ・ディビアンス」、日本ではその分野の先駆的な研究者である産業医科大学の河村洋子教授にお話を伺いました。(聞き手=さらだたまこ)

河村洋子さんの写真

河村洋子(かわむら ようこ)さん
産業医科大学 産業保健学部 安全衛生マネジメント学 教授。
アラバマ大学バーミングハム校公衆衛生大学院で博士号取得。
専門分野は、ヘルスコミュニケーション、行動科学、組織コミュニケーション、開発コミュニケーション。

withコロナの時代だからこそポジデビ!

筆者が「ポジティブ・ディビアンス(Positive Deviance)」という言葉を知ったのはごく最近のこと。
もっとも、10年ほど前から、日本の専門分野の世界では知られていた言葉ですが、昨今のSDGsなど社会課題解決や組織開発の方法論として、広く注目を集め始めています。

ディビアンスは「逸脱」という意味なので、ポジティブ・ディビアンスは直訳すると「積極的逸脱」となります。

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既存の枠からはみ出ることが大好きな筆者は、積極的に逸脱する行動が、世の中に歓迎される傾向にあることに、思わず膝を叩きました。

そこで、この分野の専門家の一人である河村洋子さんに、早速お話を伺いました。
「ポジティブ・ディビアンスは、“片隅の成功者”とも訳されています。同じコミュニティや組織などで、何か問題が発生している悪条件の現場のなかで、一人だけうまく行って、良い結果を出している逸脱者がいたら、その人が、ポジティブ・ディビアンスなのです」と河村さん。

確かに、問題が発生すると、これまでの経験を活かした解決法を試みるのが王道ですが、「それでもにっちもさっちもいかないときに、ふと、普通じゃないことをやって、上手くいってる人がいたりします。それが片隅の成功者なんですね」

普通じゃないことといわれると、それが好きな筆者はワクワクしてきますが、河村さんは「ただし、逸脱は良い方向、望ましい正方向への逸脱でなければならないのです」と釘を刺しました。「それは、組織、ひいては、社会が求めている変革への方向に向いているもの」だといいます。

なんとなくニュアンスはわかりましたが、河村さんは、「日本語訳ではニュアンスが異なってしまうこともあるので、ポジティブ・ディビアンスそのものの言葉で日本語の中にも浸透させたいし、頭文字でPD、あるいは親しみやすく略してポジデビという言葉で知ってもらいたい」といいます。

コロナ禍が始まった2020年から3年経って、私たちは終わりが見えないコロナとともに生活していくという社会問題を抱えています。
それを克服するには、ポジデビな視点、ポジデビな考え方が必要で、望ましい方向に逸脱することを積極的に行っていく時期に来ていると思います。

ポジデビ的発想のヒント

ポジデビの達人を目指すなら、「発想の転換」が必要です。
河村さんは、その一例として、著書の中で、ある“密輸王”の逸話を挙げています。

それは、「ある国の密輸王と呼ばれる男が、数頭のロバに大量の荷物を載せて国境の検問を通るのですが、優秀な検査官がありとあらゆるスキルを使って、密輸品を見つけて、男を摘発しようとしてもできなかった。やがて、男は足を洗い、検査課も引退して高齢になったときに、あらためて、元検査官が、一体何を密輸していたのか、男に問うと……答えはロバだった!」というお話。

「これは、目の前に見えているものを思い込みで見えなくしている典型的な例です」と河村さんはいいます。つまり、「思い込みがPD行動の妨げになるということなのです。それは、専門分野に精通したベテランが陥りやすい」とも。

それは、筆者もドキリです!
それは、長年の習性から、「このときはこう対処する」「こうなったら、次はこうすべき」と思い込んでいるのですが、時間が経つ間にそこに微妙にズレも生じて、さらに間違った方向にいってることもあります。でも気がつかないのです。
そんなとき、まっさらな新人が来て、さらりとやってのけることが大正解だったりすることもあります。

思い込みに陥るのは、危ない!
自分がポジデビになれないときは、頭の柔軟なポジデビな人に委ねることも必要でしょうね!

また、河村さんの著書では、インドの建国の父、ガンジーのエピソードや、マザー・テレサのエピソードなどもPD的発想のお手本と紹介しています。
「ガンジーは、列車に乗るとき必ず3等車に乗っていました。なぜ、3等車に乗るのかと質問されたら、ガンジーは『4等車がないから3等車に乗っている』と答えたのですね。普通は、1等車に乗らない理由をいうのでしょうけど。それからマザー・テレサは、『反戦運動に参加してください』と頼まれたとき『平和のための行進なら参加します』と答えたといいます。反戦と平和、一見同じと思われるかもしれませんが、《平和のために何ができるか》という――反戦運動とは大きく違うという意識をもったマザー・テレサの考え方が、PDの発想、行動に繋がるわけです」

なるほど!
筆者はついついパフォーマンスとしての派手な逸脱をイメージしてしまいますが、もっと目の前にあるものの見方、考え方のちょっとした意識の違いが、大きな成果の違いを生み出しそうです!

マザー・テレサのイメージ
平和のために行動したマザー・テレサの考え方は、PDの発想に繋がる
Vivida Photo PC / Shutterstock.com

ポジデビでチェンジ・メーカーになる!

そもそも、河村さんと筆者は、医療情報の啓発に、エンタメのチカラを上手く取り込むことができないでしょうか? という会話からのお付き合いがきっかけでした。
河村さんは公衆衛生におけるエンターテインメント・エデュケーションの実施を試みる研究者として、その道のオーソリティの一人です。

河村さんからは「アメリカの医療ドラマは、脚本開発の段階から、専門家、リサーチャー、ライターが情報を共有し、自由に意見を交換しながらドラマを作るシステムがあり、そうやって作られたドラマはエンタメとして見て面白いだけでなく、視聴者を啓発して問題意識を高める役割もしっかり果たしている」といわれて、日本のドラマの作り方にはないシステムを教わったこともあります。

エンターテインメント・エデュケーションという考え方自体が、ポジデビで社会の問題解決に役立っていると思うのです。
日本のドラマは、3カ月ごとに新規のドラマが始まるという短いサイクルになるので、数年の長期戦で脚本開発をして、じっくり啓発を行うまでの余裕はなく、なかなかに難しい状況ですが、その発想を学べたことは大変刺激的でした。

外国で撮影するイメージ
アメリカのの医療ドラマでは、脚本段階から専門家が知恵を出し合い、視聴者を啓発する役割も担うことも

筆者の仕事にも変革は求められていますが、世の中全体にチェンジメーカーが求められている時代。

一人ひとりがポジデビ力をつけて挑むことが、社会の大きな変革に繋がると思います。

河村洋子さんの著書『チェンジメーカーになろう』(幻冬舎)
『チェンジメーカーになろう』(幻冬舎) 表紙
ポジティブ・ディビアンスについてのわかりやすい解説も満載!

PD JAPAN 知恵の結集 ポジティブ・ディビアンス ~36のQ&Aと事例で学ぶハンドブック』(PD JAPAN(著)/NextPublishing Authors Press)
PD JAPAN 知恵の結集 ポジティブ・ディビアンス ~36のQ&Aと事例で学ぶハンドブック

本書は、約10年前にこのPDを共に学ぶという意図で集まったPD JAPANが仲間同士、考え、相談し、学びを共有する過程で繰り返し出てきた疑問を取り上げながら、PDの理解を深めてもらうことを目的に制作したものです。初学者から学び進めて疑問にぶち当たっているようなPDの活用実践(現場の取り組みや研究活動などの一環として)を進めている全ての方を読者として想定しています。(書誌情報より抜粋)

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