トヨタ自動車でF1マシンや量販車のエンジニアとして活躍後、ソフトバンクでPepper(ペッパー)の開発に携わるなど、名だたる企業でキャリアを積み上げ、初めて起業した会社で100億円の資金調達を進めながらロボット開発を手掛ける林要さん。常に新しいことを追い求める林要さんが、「KONAKA維新塾」第10回目の講師として登壇。参加者は約100名と盛況の中、前人未到のプロジェクトの立ち上げ方などについて明かしました。(聞き手・文=南野胡茶)

従来型組織とイノベーションのジレンマ

林要氏プロフィール写真
林要(はやし・かなめ)
1973年愛知県生まれ。98年トヨタ自動車入社、同社初のスーパーカー「レクサスLFA」開発プロジェクトを経て、2003年よりトヨタF1(Formula 1)の空力エンジニアに抜擢され渡欧。07年トヨタ自動車にて量販車開発マネジメントを担当。11年、孫正義後継者育成プログラム「ソフトバンクアカデミア」外部第一期生に選出。12年ソフトバンク入社、感情認識パーソナルロボット「Pepper(ペッパー)」のプロジェクトメンバーに登用される。15年、GROOVE X設立。

「新しいことを始める際の考え方」について話していきたいと思います。大規模な会社や伝統的な会社、歴史の長い会社で見られる“大企業病”の話をよく耳にします。組織が保守的になることを指す大企業病は、縦割り組織の中で非常に責任感の強い人たちが真面目に働けば働くほど起こる現象です。なぜかというと、彼らは自分のエリア内では失敗しないように頑張るからです。

会社は、収益基盤にあわせて組織もルールも出来ているものです。すると、収益基盤から外れるようなことをするとき、これまでは効率的に動けていた組織が邪魔になります。これを「イノベーションのジレンマ」と呼びます。イノベーションのジレンマは、すべての産業に等しく与えられているものだと思ってください。

つまり皆さんは、壁がある前提で物事を考えざるを得ないということです。「若手に元気がない」という声を聞くこともあります。ずいぶん昔と比べれば、現代人はきちんと学校に通い、勉強していますね。結果として、組織は使いやすい人材を集めがちです。使いやすい人材とは、上司にとって都合のいい人や、ルールを守る人。しかし、そういう人たちをどれだけ集めようと、組織の刺激にはなりません。それでは、一体なにに取り組めば新しいことができるようになるのでしょうか。

まずは日本のGDP(国内総生産)を見ていきましょう。他の国は軒並み成長していくなか、日本の成長率だけが長期間伸びていません。グローバル化が進む中、世界を相手に競争していくには、やり方が決まっている仕事をどれだけ効率化したところで、もはや限界があると言えます。日本企業のうち、収益基盤のある会社はイノベーションのジレンマがあるため新陳代謝がしにくいのですが、イノベーションを起こすには新陳代謝が必須という状況に陥っています。

私がソフトバンクを辞めた時、様々な会社の「新規事業●●部」という肩書の人たちから声をかけられました。「新しいことをやる方法を教えてほしい」というのです、その名称の名刺の肩書を持つ方々が。

(会場笑い)

どうやってイノベーションを起こしたらいいのか分からないと、みなさん同じ悩みを持っています。おそらく、経営者や会社の中で新規事業の立ち上げを任命された部署の方々が悩んでいるのでしょう。会社も組織も人も、誰も悪いわけではありません。起こるべくして起こっています。

多様な経験が未来のアイデアを生み出す

日本はイノベーションに不向きな国なのでしょうか? 米TIME誌は、2016年5月4日に「史上もっとも影響力のあったガジェット50選」を発表しました。上位20のうち、3分の1以上が日本製でした。世界には約70億人いて、日本人は1億人程度です。たった1億人の国が3分の1を占めたことは凄いことではありませんか?これだけ見ると、日本人はイノベーションが得意ということになります。それでは、なぜいま、イノベーションを起こすことができないのでしょうか?

ここで先ほど話したGDPの話に戻ります。成長率は、当然昔は低い位置にありました。戦後に一気に上がって、最近はほとんど横ばいで推移しています。イノベーションが起きていた時期と重ね合わせてみましょう。「鶏が先か、卵が先か」という慣用句がありますが、イノベーションが起きたからGDPが伸びたのか、GDPが伸びたからイノベーションが起きたのか、因果関係を示すことは難しいです。確実に言えるのは、バブル崩壊後、低迷する業績に対して企業は揃って効率化を図り出したということでしょう。「コピー用紙は減らそう!」「鉛筆は総務の許可を取って持っていくこと!」など仕事のマニュアル化がどんどん進み、誰がやっても間違いが起こらない方法や、失敗しても再発防止を徹底するためのルールがどんどん増えていきます。そのあとに来るのは停滞期です。効率化して失敗しないようにしていくと、イノベーションは起こらなくなります

物事を考えるとき、脳の中ではどんなことが起こっているのでしょうか。ニューロン(神経細胞)が緻密な脳のネットワークを作り、記憶や学習という脳の基本的な役割を果たしています。例えば、レジ打ちのような単純労働を思い浮かべてください。繰り返すことでレジ打ちに関するニューロン同士が神経回路を作り、レジ打ちが上達すると同時にこの神経回路だけがものすごく発達します(下図右)。これが、同じことを繰り返すことで起きる脳の反応です。

■脳のネットワークの反応イメージ

脳のネットワークの反応イメージ

他方、多種多様なことを試した場合、一つひとつの回路は太くないが、いろんな回路が出来あがります(上図左)。スティーブ・ジョブズ氏の「Connecting the Dots」という格言をご存知でしょうか。これまで積み上げてきた経験一つひとつは、今はそれぞれが無関係のように見えても、ゆくゆくはつなぎあわせることができるという考え方です。スティーブ・ジョブズ氏の場合、中退した大学の授業に忍び込んで学んだカリグラフ(文字を美しく見せるための手法)の知識が、あとあと最初のマッキントッシュを開発する際に役立ち、多様なフォントや字間調整機能を備えることができたという話です。今でこそコンピューターにはたくさんの種類のフォントが備わっていますが、これを最初に考えたのがスティーブ・ジョブズ氏でした。

ニューロンには、近くにあるニューロン同士が同時に発火することを繰り返すと、触手が伸びてつながるというおもしろい特性があります。発火というのは電気が走ることを指します。そうしてニューロン同士がつながるのです。たとえ理由なく、たまたま同時発火を繰り返したニューロン同士でも結び付きます。この特性は、コンピューターではまだ再現できていません。ハードウエアの回路を直接自ら組みかえるなんてこと、コンピューターにはできないのです。これができることが生命のすごいところです。

例えば、なにかアイデアが3つほど浮かんできたときに、これらはつながることができます。回路一つひとつは細くてもいい。どれだけたくさんのネットワークを築いているかによって、Connecting the Dotsは決まります。Connecting the Dotsできるスティーブ・ジョブズ氏がすごいという話ではなく、スティーブ・ジョブズ氏はそういう風に脳を開発してきたということです。自分がなにに熱中出来て、それがどれだけの引き出しの多さになるのか。これが重要と言えます。